鹿島に港を作った理由
茨城県鹿嶋市および神栖市にある港は「鹿島港」といって、鉄鋼、石油化学、飼料、木材などの分野でとても重要な役割を果たしている港です。
鹿島港はどうして作られたのか、その歴史をご説明します。
【理由その1】「鹿島砂丘」という広大な土地があったから
昭和36年
昭和37年
この頃、鹿島の人は農業や漁業を行い生活していました。しかし、土地が貧弱で生活はとても苦しかったそうです。
田畑を耕す鹿島の人々の様子(昭和15年)
「今年も作物が育たなかった…」
【理由その2】霞ヶ浦、北浦の豊かな水源があったから
港の近くに豊かな水源があると…
工業用水道を作ることができます
工場を建設することができます。
【理由その3】東京から近かったから(80km圏内)
都心から近いと、企業にとっては、とても便利。
企業に来てもらえると、鹿島の人々の生活は豊かになる!
そこで、臨海工業地帯造成計画が作られ、鹿島に港が作られることになったのでした。
鹿島港ができるまで
開発の様子〜中央航路〜
昭和40年
昭和43年
このように陸地を掘り込んで作った、人工港のことを掘込式港湾といいます。
現在の様子
平成31年
鹿島港では今…
現在、鹿島臨海工業地帯では、鉄鋼、石油化学、飼料等を中心に約170企業が立地しています。
鉄鋼コンビナートでは、主に薄板(自動車車体等)、厚板(建築資材用等)、形鋼(H形鋼等)、鋼管(インフラ用)を生産しています。
石油化学コンビナートでは、主にナフサ、化学薬品等、石油化学関連製品を生産しています。
飼料コンビナートでは、主に家畜用の飼料を生産しています。
また、これ以外にも木材の生産が行われるなど生活に欠かせない製品の生産が活発に行われています。
鹿島港の港湾取扱貨物データ
令和3年国土交通省 港湾統計より