国土交通省関東地方整備局 東京港湾事務所  
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東京港の歴史
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関東大震災では救援物資の受取が困難に。

1923年に発生した関東大地震によって、陸上輸送は麻痺状態になりましたが、水運はすぐに輸送路として復活できたため、国際的規模で行われた救援物資の輸送・配給の多くは、海と川を使った水運によって行われました。

しかし、当時の東京港は水深が浅く、大型船である救援船が接岸できる設備がなかったため、唯一芝浦にあった水深-3.6mの場所を利用し、ようやく物資を 受け取りましたが、港は救援船と援助物資の積み置きで大混雑となりました。

関東大震災は、遅れていた『東京築港』の必要性を再認識する、大きな転機となりました。

震災後、港湾整備の進捗に伴い東京市の工業生産は飛躍的に増大し、日本一の生産都市となりました。こうした東京の産業と貿易の伸展を背景に、東京港の取扱貨物量も増大し、全国でも屈指の港に成長していきます。

背 景
横浜港の特徴
水深が深い
→大型船の停泊に適当
当時は寂れた村
→横浜は街道から離れていたことも有り静かな村でした
東京港の特徴
水深が浅い
→河川から流入する土砂で水深が浅くなる。大型船の停泊には不適当
日本一の大都市
→外国との本格的な貿易は未知の領域。何が起こるかわかりませんでした

そのような状況のなか、東京港を国際貿易港として整備する『東京築港』は、官民の間で広く議論を呼び、お雇い外国人によって計画案も出されましたが、さまざまな反対論や東京市の財政難もあり、東京築港計画は暗礁に乗り上げてしまいました。

ムルデルの築港計画図
ローウェンホルスト・ムルデルは、オランダ人のお雇い外国人で、土木技師。利根運河の開削などに携わった。
「東京湾築港略図」、明治14年(1881)11月、
「東京湾築港二関スル「ムルドル」氏意見書」;
東京市役所『東京市史稿 港湾編第4』、1926.12

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