■第二海堡護岸整備
■第二海堡の現状
第二海堡は、第一海堡、第三海堡とともに首都防衛のための海上要塞として、明治22年(1889)に建設着工し、10年後の明治32年(1899)に概成、その後15年の歳月を経て大正3年(1914)に竣工しました。建設当時としては最新の兵備を備えた軍事施設でしたが、大正12年(1923)の関東大震災で大きな被災を受けました。第2次大戦後は米軍に接収され、昭和30年(1955)に返還されましたが、砲台や煉瓦構造物、護岸などの島内施設を米軍によって爆破され、そのまま放置されたため、その後の台風や風浪で護岸の崩壊や島内の浸食が進んでいました。
※現在、第二海堡は危険箇所が多いことから一般者の立入が禁止されています。
 | 第二海堡全景 |
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| 平成19年9月撮影 |
■護岸整備の必要性
東京湾口航路のほぼ中間に位置する第二海堡は、浦賀水道航路に最も近いところで100m程度と近接しています。当事務所において地震シミュレーションの行ったところ、首都直下型のような大規模な地震が発生した場合、第二海堡が液状化することによって法面や護岸が崩壊し、浦賀水道航路内まで土砂が流れ込むという結果が得られました。
また、地震後の第二海堡を崩壊したままの状態で放置すると、潮流や波浪の影響によって島内の浸食が進むとともに、航路内への土砂堆積も大きくなると予想されています。
南関東直下型地震は、今後30年以内に70%の確率で発生すると予測されています。こうした地震により浦賀水道航路が埋没するような事態となった場合は、航路内の航行船舶への影響は避けられず、緊急物資輸送などの災害対策に重大な支障が生じることになります。
■浸食変化イメージ
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(3)1年後の状況(第二海堡の浸食が進み、浦賀水道航路に土砂流出)
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■護岸整備概要
改修を行う護岸は、「自立式鋼管矢板構造」を採用しています。
第二海堡周辺は良好な漁場となっているため、施工に当たっては漁業環境に配慮して陸上から作業しています。現在、航路側から先行して工事を進めています。
整備前状況
 | 第二海堡整備図
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■整備効果
第二海堡の護岸整備により、大規模な地震の発生した場合でも液状化することなく航路内
への土砂流出も防止されることから、開発保全航路内の航行船舶の安全性が確保され、
円滑な緊急物資輸送を行うことが可能となります。
■施工概要
第二海堡は、外周の海底部に基礎石を投入した上に間知石と呼ばれる大きな石材を積み上げ、その内部を土砂で埋め立てて建造されましたが、関東大震災や米軍の爆破によって護岸が大きく崩壊して石材が地中に埋没したり、間知石がそのままの状態で存在していました。鋼管矢板を打設するためには、埋没している石材を撤去する必要があることから、以下の手順で施工を進めます。
| (1)支障物切断(オールケーシング工法) |

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鋼管矢板を打設する箇所の石材等の支障物を撤去するために、まずケーシングと呼ばれる円筒状の鋼管を建て込み、回転しながら支障物を切断し、所定の深度まで押し込みます。 |
| (2)支障物撤去・掘削 |

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ケーシング内部にハンマグラブと呼ばれる中掘機械を挿入し、支障物を掘削します。 |
| (3)置き換え砂投入 |

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所定の深度まで掘削し終えたら、ケーシング内部に置き換え砂を投入して、ケーシングを引き抜きます。 |
| (4)鋼管矢板打設 |

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鋼管矢板を建て込み、打設します。打設は、振動や騒音に配慮して工法として、ウォータージェット併用バイブロ工法を採用しています。 |