百里飛行場(茨城空港)の概要

百里飛行場(茨城空港)

北関東の空の玄関「百里飛行場(茨城空港)」

平成22年3月、航空自衛隊百里基地の民間共用によって、新たに茨城空港が開港となりました。国内の主要都市および東アジアの各都市と北関東地域を結んで、人・モノ・情報をめぐる都市間の交流を促進し、観光などの産業の活性化や学術研究機能の発展に大きく貢献しています。
また、飛行場を核として鹿嶋、土浦、つくば、水戸といった県内各都市がバランスの取れた発展を促進する役割も期待されております。
平成27年8月現在、国際線2路線(上海、深圳)・国内線4路線(札幌、神戸、福岡、那覇)が開設されています。

百里飛行場の経緯

百里飛行場の始まりは、昭和13年、旧海軍が百里ヶ原航空隊の飛行場が開設されたことによります。
戦後、一時農地として利用されますが、首都圏防空強化のため、昭和31年、航空自衛隊の基地設置が決定されます。昭和40年に百里飛行場が完成し、昭和41年7月に「百里基地」として正式に発足しました。その後、運用される航空機の重量増に対応するため、昭和45年~昭和48年にかけて滑走路補強工事が行われました。
平成7年、首都圏の航空機発着枠の逼迫や、北関東が空港空白地帯であることを状況を解消するため、茨城県が「百里飛行場民間共用化構想」を発表し、平成12年に当時の運輸省により事業化されました。
平成20年12月に2,700mの新滑走路、エプロン等が完成し、平成22年3月11日に航空自衛隊との供用空港として開港しました。
平成26年度末までの空港利用者は延べ180万人を超え、チャーター便は172便に達しており、北関東地域の空の玄関口としての役割を担っています。

(昭和50年頃撮影)国土地理院撮影

(昭和50年頃撮影)国土地理院撮影

平成24年撮影

平成24年撮影

沿革

1938(昭和13)年 旧日本海軍百里ヶ原航空隊が飛行場を開設
1956(昭和31)年 航空自衛隊の基地設置が決定
1966(昭和41)年 7月 航空自衛隊百里基地が発足
1970(昭和45)年 5月 滑走路補強事業に着手
1993(平成5)年 10月 茨城県が「百里飛行場民間共用化可能性調査」を実施
1995(平成7)年 8月 茨城県が「百里飛行場民間共用化構想」を発表
2000(平成12)年 4月 運輸省(当時)において事業化される(事業着手)
2005(平成17)年 4月 国土交通省の百里飛行場事務所が開設される
7月 百里飛行場民間共用化事業起工式が開催される
2007(平成19)年 1月 公募の結果、愛称が「茨城空港」に決定
2008(平成20)年 12月 新滑走路完成
2009(平成21)年 2月 アシアナ航空が茨城-ソウル便の就航を表明
11月 国土交通大臣から航空法の規定に基づく告示がなされ、茨城空港の開港日が平成22年3月11日に決定
2010(平成22)年 2月 スカイマークが茨城-神戸線の就航を表明
3月11日 茨城空港開港、アシアナ航空 茨城-ソウル線就航
4月16日 スカイマーク 茨城-神戸線就航
6月6日 春秋航空が茨城-上海線の就航を表明
2015(平成27)年 7月25日 中国南方航空 茨城-深圳線就航
2016(平成28)年 1月30日 中国国際航空 茨城-杭州線就航

管内のプロジェクト

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